hiro_ame’s blog

美術マニアで科学と宗教を学ぶのが大好きな絵描き。

イケメン生徒会長系優等生。ラファエロ:『アテナイの学堂』

ラファエロ・サンティの最高傑作『アテナイの学堂』



前回、AIにラファエロを一言で表すと?という質問に対して、

「調和の天才」「コミュ力お化けの、愛されリア充」「節操のない『パクり上手の世渡りモンスター』」と出ました。

 

この調和の天才と世渡りモンスターの性格がよく出ているのがなんとこの大作。

『アテナイの学堂』

これは古代ギリシャの偉大な哲学者たちを描いた作品。多くの哲学者がギリシャの首都アテナで議論を繰り広げている場面。

 

ラファエロというと「聖母の画家」と言われるぐらい聖母をよく描いていますが、聖母以外にもちゃんと大作を沢山描いている王道の大画家です。

当時は、大画家といえば縦横数メートルの巨大作品を数多く残した画家のことです。

いくら作品がすごいからって、数十センチの『モナ・リザ』を残したところで、一流ではない。一流画家は巨大な絵を描いてナンボの世界。

 

それを表すのがバチカン宮殿(教皇の住居)にある「ラファエロの間」と呼ばれる4つの部屋の壁に描かれた作品群です。

ここの壁画を命じたのは時の教皇ユリウス2世。

ラファエロ作『ユリウス2世肖像』

あの、ミケランジェロに「システィーナ礼拝堂の天井画やれ」と振り回した教皇です。

この人がラファエロには「この4部屋の壁画やれ」と命じたのです。システィーナ礼拝堂とバチカン宮殿はすぐお隣同士。だから、この2人は同時期にすぐ近くで超大作をそれぞれ製作していたのです。

 

ラファエロの間はこんな感じ(右側が『アテナイの学堂』)

こんな感じで4面の壁と天井をラファエロプロデュースで制作されてます。

 

性格難ありなミケランジェロと違い、ラファエロは弟子と一緒に制作しています。

ラファエロはすぐに死んでしまったため、すべてに関われず、一部は構成や構図だけ考えて、あとは弟子が完成させました。

そもそもシスティーナ礼拝堂天井画のように、一人でやっちゃうほうが頭おかしい。

レオナルドもそうですがラファエロも大工房を構えており、ラファエロが自ら描いたのもあれば、主要なところは自分が、絵具などの下準備と背景などは弟子に任せるなど。今の漫画家さんと同じ感じで大仕事をこなすのが普通。あっちがありえない。

 

このラファエロの間は

「ボルゴの火災の間」「署名の間」「ヘリオドロスの間」「コンスタンティヌスの間 」

それぞれ間ごとに壁4面、さらに天井や下の部分にも作品があります。こんな感じ。

落ち着かない。

 

これが教皇の居住場所だそうです。日本人にはムリ。

よくもまあこんなにびっしりと描いたものです。

 

規模はミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画ほどではないですが、作品一つ一つはかなりの大作です。

1枚1枚の作品の人物も多くて見ごたえがあります。これだけ見てもラファエロがどれだけすごい大画家なのかがよくわかります。

しかも、このラファエロの間はギリシャ神話と聖書だけじゃなくて、過去の教皇の歴史、キリスト教の教義なんかを踏まえての作品もあるので全部の理解はなかなか大変。

 

いくつか、見てみましょう。

〇「コンスタンティヌスの間」

ローマ皇帝コンスタンティヌスがローマ皇帝としてキリスト教徒となり、ローマ帝国史上初めてキリスト教を公認した皇帝。

『コンスタンティヌスの寄進状』

コンスタンティヌス帝がローマ教皇に領地を寄進した場面。

奥のほうでローマ皇帝に跪いてます。見事な遠近法による奥行き。ただし、ラファエロは生前あまり着手できず、弟子が完成させました。

 

〇「ヘリオドロスの間」

『神殿から追放されるへリオドロス』

旧約聖書マカバイ記に登場する当時のシリアの国の宰相へリオドロス。

エルサレム神殿の財宝を盗もうとして、天使に撃退されるシーン。天使に追いやられて、馬に踏まれてます。奥のほうで僧侶が天使に祈ってます。



〇「ボルゴ火災の間」ボルゴの町を襲った大火災を教皇レオ4世が十字を切って火災を鎮めたという軌跡がテーマ。

『ボルゴの火災』

ここもラファエロは構成ぐらいで、弟子が完成させたようです。

 

〇「署名の間」ここで重要な会議や署名が行われたことから、神学、哲学、法学、詩作 がテーマ。

ラファエロが一番最初に着手した場所のため、一番ラファエロの手が入ってます。

ここに有名な

『アテナイの学堂』(又は『アテナの学堂』)があります。

 

他の間もそうですが、天井もビッシリ。

『神学』『正義』『哲学』『詩』それぞれのテーマの擬人化。この何かの擬人化も西洋ではよく描かれます。

左上:神学 右上:正義 左下:哲学 右下:詩

この人たち、なんとなく見覚えありませんか?

 

ミケランジェロ システィーナ礼拝堂天井画『デルフォイの巫女』

これはの天井の隅に描かれている巫女。

 

ラファエロは明らかにこんなのを見ていた可能性があります。すぐお隣でミケ先輩が描いてたら、もちろん気になりますよね。

 

『パルナッソス』

『アテナイの学堂』のお隣の壁に描かれた作品。

ギリシャに実在する山です。ここにはギリシャの詩芸の女神ムーサがいると言われているため、たまにこの山が芸術家のテーマになります。中央に一緒に描かれた男性は芸術の神アポロン。

 

バウハウスで教えていた画家のパウル・クレーも変わったパルナッソス山を描いてます。(パルナッソス山こんな山じゃないですが。。。)

 

ムーサはギリシャ読み。ローマ読みだとミューズ。Musicの語源。

ラファエロのこの絵に描かれているのは、当時の詩人などです。さりげなく「神曲」を書いたルネサンスの詩人ダンテがいます。

 

この「ラファエロの間」ぜひ、どの作品も拡大して詳細も見てみてください。たくさんありすぎて見ていて飽きません。



では本日のメイン『アテナイの学堂』を見ていきます。

アテナイ(アテナ)はギリシャの首都。

人物をざっと説明すると。こんな感じ(Wikipediaから引用)

1: ゼノン(ストア派)もしくはゼノン(エレア派)

2: エピクロス

3: 不明 

4: ボエティウスもしくはアナクシマンドロスもしくはエンペドクレス

5: イブン=ルシュド(ラテン名アヴェロエス) 

6: ピタゴラス 

7: アルキビアデスもしくはアレクサンドロス大王

8: アンティステネスもしくはクセノポン

9: ヒュパティア

10: アイスキネスもしくはクセノポン

11: パルメニデス

12: ソクラテス

13: ヘラクレイトス

14: プラトン

15: アリストテレス

16: ディオゲネス

17: プロティノス

18: 生徒を引き連れたエウクレイデス(ユークリッド)もしくはアルキメデス 

19: ストラボンもしくはゾロアスター

20: プトレマイオス 

21: プロトゲネス

R: アペレス

 

なんとなく聞いたことのある人と、全く知らない人と...

この人たちは(全員ではないですが)古代ギリシャ哲学者たち。

これは古代ギリシャの哲学者たちが議論している絵です。

 

なぜキリスト教総本山のヴァチカン宮殿にギリシャの哲学者やギリシャ神話が?

実は、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画や壁画にもさりげなくギリシャ神話要素が入ってます。

それが先ほどの『デルフォイの巫女』↑

デルフォイの巫女とはギリシャの神々の神託を下す巫女です。デルフォイの神託はギリシャ神話の中にも書かれています。

システィーナ礼拝堂は教皇のプライベートビーチならぬプライベート礼拝堂。

ギリシャの神話・哲学要素がちょこちょこ混ざってます。

 

ラファエロの過去のブログで、ルネサンスとは”中世キリスト教文化と古代ギリシャ・ローマ文化の融合”と書きました。

それはイエス様や聖母マリア様が平面的なイコン絵画から古代ギリシャローマ芸術のようにリアルで立体的になってきたと言いましたが、ここまでしっかりとギリシャ要素をそのまま描きだしたのは、この15世紀のルネサンス時代が初めてです。

これまでは古代ギリシャローマ文化の融合といっても、描いていたのは大体キリスト教の絵です。

 

ではなぜ、描き始めたのか?

それは、この15世紀に「新プラトン主義」という思想や「ヘルメスの教義」というのが流行ったからです。

きっかけは、1430年代のフィレンツェ公会議と1453年ビザンツ帝国(東ローマ帝国)の滅亡です。

 

ちょっとだけ歴史の話にお付き合いください。

時代は紀元前から始まる古代ローマ帝国までさかのぼります。

最大勢力圏イギリスからトルコ・エジプト北部までの巨大帝国だったローマ帝国は、時代とともに東西へ分裂します。

それとともにキリスト教も分裂。西ローマ帝国はイタリア周辺地域、東ローマ帝国はギリシャ・トルコ周辺地域です。そうやってだんだんとキリスト教もローマやコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)などいくつかの教会に分裂します。(西ローマ帝国は、その後すぐに分裂崩壊)

 

東ローマ帝国はイスラム圏のオスマン帝国に徐々に侵略され、1430年代に始まった「フィレンツェ公会議」の時に、フィレンツェに来た東ローマ帝国の人間が西側に「助けて~十字軍お願い~」と訴えます。

公会議とは、分裂した教会の有力者たちが一堂に会して様々な案件について議論する場です。行われた場所名で〇〇公会議といいます(G7やG8の洞爺湖サミットみたいな感じ)

でも、助けて~の願いかなわず、ついに1453年に東ローマ帝国は滅亡します。

 

この2つの時期に、東ローマ帝国にいた多くの有力者たちが、西のイタリアのほうまで逃げ延びてきたのです。そのなかには多くの学者、神学者たちが。

西側では忘れ去られた古代ギリシャ哲学や神学の教義が貴重な書物とともにやってきました。

フィレンツェの最大権力者メディチ家の当時の当主コジモ・デ・メディチはこれらの教義、特に、プラトン哲学に大いに感銘して、「プラトン・アカデミー」を作ります。

そして、「新プラトン主義」や「ヘルメスの教義」と当時のイタリアにあったキリスト教神学を融合させようとしました。

アカデミーにはレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ボッティチェリがいました。

 

だからこの人たちも含め当時の画家はギリシャ神話や哲学を学んでいました。

特にボッティチェリは古代ギリシャ哲学思想とキリスト教の融合を芸術で現した代表。ラファエロはこれら大先輩方の後継者。

 

このような背景があって、時の教皇もキリスト教と古代ギリシャ哲学の融合を目的にバチカン宮殿に『パルナッソス山』や『アテナイの学堂』を描いたのです。

特に『アテナイの学堂』のある「署名の間」はキリスト教神学と古代ギリシャ哲学の融合をテーマにした作品ばかり。最初に着手したし、力も入ります。

 

(ちなみに、「新プラトン主義」と「ヘルメスの教義」とは。それぞれ数冊本ができるほど難解なので、一言ずつ。

「新プラトン主義」は”魂は神(一者)から流出し、再び神へ還る”という理論

「ヘルメスの教義」はヘルメス・トリスメギストスが残したとされる錬金術、占星術などを取り入れた哲学的・神秘主義的な考え方です。 )

 

本作の詳細にまた行けませんでした。。。続きは次回。

 

 

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イケメン生徒会長系優等生。ラファエロ(続き)

盛期ルネサンス三大巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロ

このビッグネーム3人の性格は三者三葉です。

試しにAIに「この3人を一言で表すと?」と聞いてみました。

レオナルド:「万能の天才」

ミケランジェロ:「神のごとき彫刻家」

ラファエロ:「聖母の画家(あるいは調和の天才)」

これは教科書通りの回答。

 

では、「もう一度、毒強めで!お願い!」

レオナルド:「天才すぎて途中で全部飽きる人」「全方位に手を出して結局投げ出す、伝説の『やるやる詐欺師』」

ミケランジェロ:「キレると全部筋肉で解決する人」「性格に難ありすぎる『筋肉信仰のパワハラ職人』」

ラファエロ:「コミュ力お化けの、愛されリア充」「節操のない『パクり上手の世渡りモンスター』」

こっちが正解です。

 

レオナルドはやるやる詐欺。ミケランジェロは筋肉信仰。ラファエロは世渡り上手。

 

大体こんな感じです。

 

この3人の中で一番年上はレオナルド。ミケランジェロは23歳下、ラファエロはレオナルドから31歳下(ミケランジェロからは8歳下)

つまり、ラファエロは一番末っ子。この末っ子は愛され上手。

長男レオナルドが自由人過ぎ、次男ミケランジェロは偏屈神職人となってバリバリ仕事をし、末っ子ラファエロは上2人のいいところを全部吸収して人当たり良しの愛され世渡り上手となったのです。

 

前回、ラファエロは「ルネサンスの完成系」と言いましたが、つまりは、数百年かけて中世キリスト教文化と古代ギリシャ・ローマ文化の融合・発展の完成形に近づいてきたレオナルド、ミケランジェロなど過去の巨匠の良いところを、全部吸収して、全部盛りにして、いい感じに仕上げてみました!という人です。



前回書いたように、ルネサンスとは「中世キリスト教絵画のアイコン的な平面な絵が、古代ギリシャ彫刻のように、だんだん三次元的にリアルになっていった」といいました。

 

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しかし、ルネサンス沼を知るにはそれだけではまだまだ。

 

ただ、リアルになってきたわけではなく、この盛期ルネサンスより少し前から、リアルに描くために科学を導入したのです。

 

イタリアルネサンス絵画の特徴は「安定した構図」「理論的な空間表現」「理想化した人物表現」などです。

はい。また何言ってるかさっぱりですね。

ラファエロの作品を見ながらみていきます。

 

まず、①「安定した構図」とは。

下の2枚の絵をみてどちらが安定、安心して見れますか?

(左)ラファエロ『システィーナの聖母』(右)パルミジャニーノ『長い首の聖母』

 

ラファエロは三人の人物を安定した正三角形にして描いています。

次の時代の様式マニエリスムの画家パルミジャニーノはそこからわざと外して、人物が左に寄ってる。不安定な構図になっていきます。

こういう正三角形や左右対称な構図は安定感があります。

ラファエロはこれを誰から学んだか?

これです。

レオナルド『岩窟の聖母』 綺麗な正三角形です。

ラファエロは、手や人物の視線を使った観察者の視線誘導も学んでいますね。

レオナルドの『最後の晩餐』もわかりやすく左右対称で安定的です。

もちろんレオナルドだけではなくラファエロの師匠のペルジーノやほかの巨匠からも吸収してます。

ペルジーノ『デチェンヴィリ祭壇画』



『岩窟の聖母』、『最後の晩餐』については以下のブログから。

 

hiro-ame.hatenablog.com

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②「理論的な空間表現」はどうでしょう?

 

実は、遠近法を駆使した空間の広がりはもっと前の先輩たちがかなりたくさん研究していました。

遠近法とはつまり科学的数学的な理論に基づく空間の広がりを2次元で表現することです。

先輩たちの遠近法は発展途上のものから、すでに完成系に近づいているものまでいろいろ。

例えば、カルロ・クリヴェッリ 『アスコーリの受胎告知』

ピエロ・デッラ・フランチェスカ 『ブレラ祭壇画』

ラファエロの遠近法はこのあたりから学んでいます。

 

ラファエロ『アテナイの学堂』

人物に目がいきがちですが、上のほうを見てください。

見事な線的遠近法と、レオナルドが確立した『モナ・リザ』のような空気遠近法(遠くのほうがぼやけて青っぽく見える)による空間の広がりです。とてもよくできてます。

この『アテナイの学堂』はルネサンス精神を見事に形にした完成系といわれています。

この作品の詳細は次回に。

 

(余談ですが、人間の目は面白いもので、実は、数学的に見事な遠近法で描いたとしても、やっぱりリアルとはちょっと違う。違和感を感じます。完全な線的遠近法よりも、違和感のないレベルのなんとなーくで描いたほうが自然に見えたりするものです。それだけ人間の目と脳は結構いいかげんで不確かです。)

 

では、③「理想化した人体表現」は?

前回も書きましたが、ナイスなプロポーションのイケメンと美女。

ラファエロ『ガラテアの勝利』



筋肉が出てきました。でも、ミケランジェロのような、やり過ぎ筋肉祭りではなく、程よい筋肉です。

何せ、モテ男ラファエロは、女性の優美なプロポーションも描ける器用な人ですから。

しかし、それ以上に見てほしいのは、みんな体をひねってるということ。

ラファエロも最初の頃は、人物が棒立ちでしたが、だんだんとひねってきます。

これは明らかに『システィーナ礼拝堂天井画』リスペクト。

システィーナ礼拝堂天井画 一部『大洪水』(絵の外の人物も体ひねってる)

実は、ミケランジェロが天井画を描いているときに、こっそりラファエロは天井画を覗いたといわれています。

そして早速それを吸収。採用。

ひねりもミケランジェロほどの感情爆発の過激さはなく、程よいひねりによる個性表現のため、人物に優美さが出てます。

 

そのためミケランジェロは「俺の絵、勝手に見ただろ!」と激怒。ラファエロはミケランジェロをリスペクトしてましたが、ミケランジェロはラファエロが嫌いでした。(さすが頑固オヤジ)

 

しかし、レオナルドには嫌われてません。

レオナルドが憑りつかれてた「スフマート」というぼかし技法ももちろんしっかり取り入れてます。

でも憑りつかれたスフマートだと、不気味さや謎がありそうな、夢に出てきそうな人物個性と感情表現(よく言えば神秘的)になりますが、ラファエロのスフマートは程よい感じで、優美さと均整、調和が取れています。

 

ラファエロ『ラ・ヴェラータ』 

ラファエロ版モナリザともいえる。非常に美しく素晴らしい作品。スフマートの優美な表現。コラーゲンたっぷりつるつるお肌。服の質感表現も最高です。

 

 

レオナルドのスフマートについては以下を参照。

 

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このルネサンス期に始まったレオナルドお得意の「3/4正面」という人物を45度斜めに向けた肖像画のポーズ。

これもしっかり取り入れています。

 

ラファエロの前者2人にはない、この作品の優美さ。華やかさ。

”人気画家ラファエロに描いてほしい”と思うのも頷けます。

こんなところからも、3人の性格が見えるようです。

 

ラファエロがルネサンスの完成系といった意味が、だんだん分かってきましたでしょうか?

 

安定した構図、解剖学的人体表現、数学的・科学的な遠近法を使った空間表現。

過去の先輩方がそれぞれの分野で頑張って研究して繋いできたルネサンスの様式を、持ち前の抜群の吸収力で程よく取り入れて、さらに自分の個性で磨きをかけて調和させたのです。これが「調和の天才」。

簡単にできることではありません。才能があるからこそできること。

この人のすごさはその調整力、バランス力。

しかも、レオナルドは67歳、ミケランジェロは88歳まで活動していましたが、ラファエロは37歳で病死。

たった37歳でこれだけのことをやってのけたのです。

しかも、ラファエロは若いうちから才能を認められ、弟子がいっぱいの大工房も運営していました。

 

レオナルドやミケランジェロのように強烈な個性がないと、どうしても印象が薄く地味に感じてしまいますが、この調和力とバランス感覚は天下一品です。

 

次回は、そのラファエロの大作『アテナイの学堂』ルネサンス精神の完成系であり、世渡り絵画。

 

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イケメン生徒会長系優等生。ラファエロ

今回は、盛期ルネサンス三大巨匠の最後一人、ラファエロ・サンティです。

ラファエロというとどんなイメージでしょう?

聖母子像を多く描いた人でしょうか?

特にこの人はレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロのビックネームに隠れがちになり、一般にはこの2人ほどはよく理解されていないかもしれません。

 

しかし、この人が残した功績は実はかなり絶大。ただ聖母子ばっかりを描いただけではない、大画家の中の大画家。天才中の天才です。

 

この人の功績はルネサンス絵画を完成させた人であり、後の数百年に及び美術のお手本中のお手本となった人です。

後世の画家はみんな、一流の絵を描きたいならラファエロをお手本としなさい。

美しい絵=ラファエロの絵。

とまで言われた人です。

レオナルドじゃないの?と思うかもしれませんが、違います。実はこの人。

 

どうしてこれほどまでの人物となりえたのか。それは前述した通りルネサンス絵画を完成させたからです。

では、ルネサンス絵画の完成とは?

 

ルネサンスという言葉は”再生”や”復興”という意味。

しかしルネサンスがもたらしたものを理解するのは非常に難解です。芸術だけでなくあらゆる分野でルネサンスという流れが起きました。

少し前までは、ルネサンスの説明として、”中世の神中心の抑圧された暗黒時代を終わらせ、近世の個人の自由が復活した人間中心(人文主義:ヒューマニズム)の文化運動”という感じで言われていました。

だからこの時期に急に個人の自由が再生!復興した!ルネッサーンス!

 

と思われがちですが、最近のルネサンスの捉え方は変わってきています。

山川の世界史の教科書でも最近のルネサンスの書き方として、ルネサンスとは”中世文化の継承”を言っています。

なぜなら近世でキリスト教文化が無くなったわけでもないし、12世紀ルネサンスなんてものもあり、中世にもルネサンスの側面があったからです。

それを踏まえて、ルネサンスとは”中世のキリスト教文化を継承しながら、古代ギリシャ・ローマ文化の復活”といういわれ方を最近はされています。

 

何言ってるかさっぱりですね。

 

今回はルネサンス回ではなくラファエロ回なので、イタリアルネサンス絵画を中心に(ルネサンス絵画というだけでも膨大な情報量となるため)、北方ルネサンスやルネサンス建築などについては割愛し、なぜラファエロがルネサンス絵画の完成系といわれているのかを中心に説明していきます。

 

ルネサンス絵画とは、

私的にすごくざっくりいうと、”中世キリスト教文化と古代ギリシャ・ローマ文化の融合・発展”です。

 

「中世のキリスト教文化」とは?

中世の絵画といえばキリスト教の絵です。例えばこんな感じ。

(左)イコン『ウラジミール生神女』 (右)サン・ヴィターレ聖堂モザイク画

キリスト教は偶像崇拝禁止の宗教です。だから本当はイエス様を絵にしちゃダメです。

でも識字率の低かった中世でキリスト教を広めるのには、ビジュアルで説明するとわかりやすい。でも人を描くと偶像崇拝になる。

そのため「イコン」という絵画で説明しました。この「イコン」は”アイコン”の語源です。

下手じゃないんです。わざと人間を人間っぽく見えないように記号化して描いたのです。(でも中世だから下手ではある)描き方ルールもありました。

下々の私たち人間みたいな絵じゃなく、荘厳で神秘的で人間っぽくない。

そして、その方が拝みやすい。人間っぽくリアルにし過ぎると、逆に拝みづらい。それで作られたのがイコン絵画。キリスト教分派のギリシャ正教会やロシア正教会など正教会系は今でもイコンです。

(余談ですが、ほとんどの聖母子像の赤ちゃんイエス様が可愛くないのはこれが理由です。イエス様だから赤ちゃんでも威厳があって荘厳。半裸の小さい大人。。。)

 

では、「古代ギリシャ・ローマ文化」はどんなものか?

こんな感じです。

(左)古代ギリシャ彫刻『ラオコーン』 (右)ポンペイの壁画

 

超リアル。人間が人間っぽいです(正確にはギリシャの神々)。

古代ギリシャローマ時代の彫刻はありますが、絵画は壺絵ぐらいしかもう残されておらず、唯一残っているのがポンペイ遺跡のフレスコ画。

人体に影があって奥行きもあり三次元に描いています。

しかも、筋肉隆々だったり、女神は優美でエロティック。

ただ人間っぽいだけじゃなくて、人体表現が理想化されてます。

理想化とは、つまり、ナイスなプロポーションのイケメンと美女。完全無欠の神様なんだから超絶イケメンだし超絶美女でしょ。という理論なんでしょうね。多分。

ギリシャ彫刻やポンペイ遺跡は紀元前古代ギリシャ・ローマ時代の産物。紀元前にすでにこんなものが作られていました。

「イコン」のようにスタンプ押したように一律みんな同じ顔と比べて、人間も一人ひとりそれぞれ個性がわかります。

 

古代にあんなリアルなものを作っていたのに、中世でイコンに逆戻りしたので、技術が下がった、表現が貧弱な中世暗黒時代なんていわれ方を一時期はしていました。

それだけキリスト教の影響力はすごかったんでしょうね。

この中世~ルネサンスの流れは、イコン絵画時代から数百年かけて、えっちらおっちら、紆余曲折、なんとかがんばって、この中世キリスト教と古代ギリシャ・ローマ文化を融合してきた歴史でもあります。

これが一気に進み、花開き、完成形となったのが15~16世紀頃の「盛期ルネサンス」。

 

ちなみに、中世イコンから初めて抜け出した、”西洋美術の幕開け”、”一番最初の画家”といわれるのが偉大なジョット・ディ・ボンディーネですが、その話はいずれどこかで。

 

この絵画の変遷をイタリアの巨匠たちの絵画からちょっとだけ見てみましょう。

 

 

『ウラジミール生神女』1131 → チマブーエ『サンタ・トリニタの聖母』1283-91

→シモーネ『オルシーニ多翼祭壇画』1333-40 → マサッチオ『聖母子』1426

→フィリッポリッピ『聖母子と二天使』1465 → ラファエロ『システィーナの聖母』1513-14

イコンだったのがだんだんリアルな人間っぽくなってきてます。

 

中世キリスト教文化のマリア様、イエス様が、古代ギリシア・ローマ文化がゆっくり混ざってきて生身の人間っぽくなってきました。

 

神様絶対主義という考え方の中世キリスト教文化から、神様じゃなくて今生きている生身の人間の個性を尊重しようという考え方へ徐々に変遷していった。

これが、ルネサンスでよくいう人文主義(ヒューマニズム)。人間性を重視した思想。

 

ギリシャ神話を読んだことはありますか?

ギリシャ神話の神々は愛憎渦巻くめくるめく世界です。不倫、嫉妬、レイプ、ネトラレ、どんとこい。ものすごく人間くさい。つまり人間万歳、人間性の尊重です。

 

神様絶対主義のキリスト教は人間一人一人の個性よりも、神に遣え、清廉潔白で清貧。

だいぶ相反する考え方です。

 

これを頑張って融合して絵画で表すと、荘厳で象徴的なイコンからギリシャの神々のような個性や感情がわかる人間っぽい絵

こちらへ徐々に融合・変遷していった

これがつまり古代文化の再生、復興「ルネサンス」ということです。

 

時代とともに絵が上手くなってきた。ともいえるかもしれませんが、そもそも、”上手い”ってなんでしょう?

私たちは二次元の絵を見たままリアルに三次元に見える絵のことを”上手い”と言っていますが、そもそも絵は二次元なので、別に三次元っぽく描く必要は無いのです。

世界各地の古代文化をみると、例外はあれど、日本も含め絵はだいたい平面です。3Dにしようと頑張っていたのはギリシャ・ローマぐらい。

むしろ、ギリシャ・ローマ人たちが少数派だったのです。

(ちなみに↑のポンペイ遺跡の絵も額の外側も絵です。なんとだまし絵)

しかし、私たちは上手い絵の定義を古代ギリシャ・ローマみたいな絵としたため、それが技術的にできてる絵を”上手い”絵というようになりました。

 

イコンもリアルな絵もそれぞれの味があってどちらも素敵です。

 

哲学的になってきちゃったので、話を戻して。

 

最後に出てきたラファエロの『システィーナの聖母』。これこそThis is ルネサンス。

前述したように、ラファエロでルネサンス絵画の完成形を迎えます。

このように過去の巨匠たちの絵を時代を追って見ていくと、なんとなく、なぜ完成形となったのか見えてきませんか?

 

ラファエロまでいきつきませんでした。

長くなってきたので、続きは次回。

 

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真のアーティスト?レオナルド・ダ・ヴィンチ:『最後の晩餐』(続き)

レオナルド・ダ・ヴィンチ最高傑作『最後の晩餐』について前回から書いております。

 

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この作品がどれだけすごい作品なのかを前回書きましたが、実はこの作品には致命的で最大のミスがあります。

 

それは「劣化が激しい」

前回、”保存状態が悪すぎてボロボロ”と書きました。

第二次世界大戦中にミラノが爆撃されて、奇跡的にこの作品は生き残ったけど、その後、約3年間野ざらしにされました。それも理由の一つです。

1943年ミラノ爆撃当時のサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院

でも、そもそもこの作品、使っちゃいけない画材を使って描いてたんです。

これがレオナルド最大のミス。というか確信犯。本人、わかっててやりました。

おかげで、22年かけて超地道に修復作業したり、最近もまた修復作業してるニュースが出てました。

(レオ様、何してくれてんの。)

 

ポイントはこの作品が壁画だということです。

壁画には、普通、「フレスコ」という技法を使います。

まず、石の壁に漆喰を塗り、この漆喰が乾く前に水で溶いた顔料で絵を描く。漆喰が乾いてしまったら描けないので数時間のうちに手早く。描きなおしもできないので一発勝負です。漆喰が乾いたらそのまま顔料も定着してくれるので、長い期間保存が可能です。ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂天井画や壁画の『最後の審判』、ラファエロの大作『アテナイの学堂』などもそうやって描かれてます。

右側にラファエロの『アテナイの学堂』壁画

しかし、レオナルドは壁画に「テンペラ」を使いました。

テンペラ技法とは、古くからある絵画技法で、顔料を油ではなく卵でといて描く方法です。油絵技法が確立する前はテンペラで描くのが一般的でした。意外にも、油のように酸化したり黒ずまないので、経年劣化に強いそうです。ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』なんかもテンペラです。

 

でもこれはキャンバスや板でないと定着せず描けないものです。

でも、レオナルドは「スフマート(ぼかし)技法」がやりたい人。重ね塗りをして、輪郭線は描きたくない。グラデーションで顔の表情を描きたい!

モナ・リザのような魅力的な表情を描くにはぼかしたい!重ね塗りしたい!

それにはフレスコを使う壁画は不向き。ということでなんとか色々研究して壁にテンペラで描いてみました。

 

そして、あの大作が誕生。でも、前回書いた通り、『最後の晩餐』はサンタ・マリア・デレ・グラッツェ修道院の食堂の壁に描かれたもの。食堂ということは人がわらわらきて、温度と湿度(蒸気)が上がる。画材は卵。レオナルドが生きていたころから、もうどんどんカビて剥落していたそうです。

 

「芸術家列伝」というルネサンス画家のことを本にした同時代の画家ジョルジョ・ヴァザーリはこの作品について最初は「絵画における最高峰の達成」 とまで褒めていたのに、どんどん剥落が始まって「ただのぼやけたシミ にしかみえない」と言われるぐらい酷かったそうです。

 

生前から評判が悪くて、注文が極端に少なかったレオナルド。その一世一代の大作(4.6×8.8m )で、よくもまあこんな大冒険をしたものです。無謀というか、真のアーティストというか。

大冒険して大失敗。



しかも、今の日本人には信じられない感覚ですが、

ヨーロッパの人は、作品のサイズが飾る場所に合わないと、容赦なくぶった切るところがあって、イエス様足元あたりのこれ↓

絵じゃないです。

ドアを設置するのに邪魔だったので、イエス様の足あたりの壁を破壊!

これ、そのドア跡なんです。

もうちょい考えて設計して!

さすがに、今はドアはないですが。

(ほんとイタリア人、何してくれてんの。)

 

最後に、もっと大冒険した作品について。

実は、同じ空間にレオナルドとミケランジェロの巨大壁画の夢の共演の話が合ったのをご存じでしょうか。

フィレンツェにあるヴェッキオ宮殿の「500人広間」

ヴェッキオ宮殿「500人広場」

この片側にレオナルドが『アンギアーリの戦い』。反対側にミケランジェロの『カッシーナの戦い』というテーマの壁画を描くという大口注文が入りました。

 

どうしてもフレスコをやりたくないレオ様。今度は卵じゃなくて蝋や油を使った技法で再挑戦!

ヴァザーリは作品について最初は大絶賛していましたが、記録によると「ある日、絵の具が溶け落ち、剥落。以後、制作を断念」

残念過ぎる。。。

 

また、ミケ様もこの注文を受けましたが、途中で教皇ユリウス2世に「天井画やれ」とバチカンに拉致られて、フィレンツェに戻ってこれず断念。

 

夢の共演は立ち消え。

 

作品は残っていませんが、他の画家による下書きの模写が残っています。。

ミケランジェロ弟子作 ミケランジェロの下描きの模写

 

やっぱりミケ様は筋肉祭り。服着ててもピチピチ。表情がすごい。

(この筋肉の上のピチピチ服は後世の画家が真似してます。ピチピチ服→ミケ様リスペクト)



レオ様の『アンギアーリの戦い』の壁画を見てスケッチした別の画家の作品を参考に、ルーベンスが再構成した作品。

ルーベンスがスケッチや模写を参考に再構成した作品

兵士の表情と馬の躍動がすごいです。

 

2人が壁画を断念したので、どちらもヴァザーリが描きました。(よく忘れられがちですが、この人も大画家です)

ヴァザーリがレオ様の作品を残念に思ったのか、ヴァザーリの壁画の奥にもう一枚壁があることが発覚。さらにヴァザーリのこの作品の中に「CERCA TROVA(「探せ、さすれば見つかる」)」という文字が書かれており、非常に意味深で謎の残るものだったため、実はもう一枚の壁に『アンギアーリの戦い』が残ってるんじゃないか?と2007年にニュースになったそうです。(この話もダン・ブラウンの小説のネタになってます。)

ヴァザーリ作『マルチャーノ・デッラ・キアーナの戦い』
レオナルドの『アンギアーリの戦い』を描いていた壁 奥の旗に文字が書かれている

 

このように残念な面も多いレオナルド・ダ・ヴィンチですが、やはり絵は別次元の美しさ。神秘的で不思議な魅力が今でも全く色褪せず残ってます。

『モナ・リザ』や『岩窟の聖母』でもそうですが、レオナルドはスフマートによって輪郭線を無くし、より自然界に近い形に。死体を解剖して、人体を研究したなんて話もあるくらい、理論的、数学的に美しくなるようなポイントを抑えて作品を描いています。ここら辺に科学者としての側面が見えます。

この人の作品をもっともっとたくさん見たかった。

 

次回は、ルネサンス三大巨匠の末っ子、優等生ラファエロです。

 

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真のアーティスト?レオナルド・ダ・ヴィンチ:『最後の晩餐』

レオナルド・ダ・ヴィンチ 第三回

今回のテーマは聖書の有名な一場面『最後の晩餐』です。

 

このテーマは非常に多くの画家が描いており、たくさんの作品をみると、時代ごと、国ごとにいろいろな表現があって見比べるのも面白いです。

でもやはりこのテーマで一番有名なのはレオナルドの『最後の晩餐』だと思います。

4.6×8.8mというレオナルド作品最大の壁画。非常によくできており、見ごたえもあり面白い。



「最後の晩餐」とは、イエス様が十字架にかけられる前日に十二使徒という弟子とともにお別れの最後の食事をする場面。

 

だと思っている人が多いですが、厳密には違います。

これはユダヤ教のお祭り、「過越の祭りの晩餐」

たまたま、過越の祭りの晩餐の翌日に十字架にかけられたから最後の晩餐になっちゃいました。

 

過越の祭りとは?

ここで少し、聖書とユダヤ教とキリスト教の話をします。

 

まず、聖書は大きく”旧約”と”新約”に分かれます。意味は神との”古い約束”と”新しい約束”。

旧約聖書には、神が天地創造した話からノアの箱舟のノア、古代ユダヤ人の祖先アブラハムや、モーセの十戒でおなじみモーセ、ユダヤの王ダビデやソロモンなどの話があります。

新約聖書は、その後、虐げられてきたユダヤ人に対してユダヤの救世主としてイエスが生まれ、様々な奇跡を行うイエス様のお話。

 

旧約のモーセの時代、エジプト人に虐げられていたユダヤ人がエジプトを脱出して、神との約束の地カナンへ向かうという「出エジプト」という話があります。

この時、エジプトの王ファラオはそれを妨害しようとし、モーセは対抗して、”十の災い”というのをエジプトにもたらします。その災いのうちの一つに、”エジプトにいる初子をすべて殺す”というものがあります。しかし、神は自宅の門に仔羊の血をつけていればその災いは起こらない(過ぎ越す)といい、ユダヤ人だけがそれによって災いを逃れた。というもので、この記念として現在でもユダヤでは過越祭を行っています。

”古い約束”とはモーセを通して神との契約(十戒の遵守)によってユダヤ人に繁栄がもたらされる。その象徴的なお祭りが過越祭。(これがユダヤ教)

 

”新しい約束”とはイエス様を通して神との新たな契約(神を信じる者は誰でも救われる)によって全人類が救われる。

その象徴的なものが「最後の晩餐」で、今でも行われるミサの原型です。(これがキリスト教)

 

ユダヤ人は、「イエスというやつが勝手に新たな教義を教えて人々を惑わしている」とイエス様を恨んでいました。これが後に磔刑につながります。

このため、キリスト教の聖書は旧約と新約。ユダヤ教の聖書は旧約のみ。(ユダヤ人からすれば聖書は聖書で古い”旧”とは言いませんが)

 

キリスト教はイエス様が死んだ後、12人の弟子(使徒)が布教したことで始まった宗教。そのため、イエスも十二使徒もユダヤ人です。

その過越しの晩餐の時に、イエス様は突然、こんなことを言いました。

 

「この中に、私を裏切った人がいる。」

「え!?」「それは誰ですか!?」「俺じゃないよな?」

 

レオナルドの『最後の晩餐』はその時の一場面です。

まさに、弟子たちの動揺が見て取れます。

 

この作品は、保存状態が非常に悪くてボロボロでした。ところが1977年〜1999年のなんと22年間かけて一人の人物が修復して今の状態に戻しました。

その時のニュースを私もよく覚えています。

修復前

 

汚れの除去を日本の高級和紙で行ったこともニュースになっていましたが、修復前と後で分かったことがいくつかあります。その中の1つが、イエス様の口が開いていたこと。

まさに、先ほどのセリフを言った直後の場面だったということがこの時、分かったのです。

(左)修復前 (右)修復後

 

では、裏切り者イスカリオテのユダはどれでしょう?

 

レオナルドはヒントを出しています。

ヒント1.イエス様と同じものを取ろうとしている人物。(手の動き)

ヒント2.イエス様はユダヤ教とは違う教義を教えていたため、ユダヤの偉い人たちに嫌われていました。ユダは銀貨でイエス様をユダヤ人に売りました。そのため、銀貨の入った袋(財布)を持っている人。

 

イエスは左手でパンを取ろうとしています。同じ左手でパンを取ろうとして、右手で袋を握っている人物。つまりこの人。(一番左の人物)



このユダはどれか?当てクイズ。レオナルドのはちょっと難問です。

ほかの人の最後の晩餐は結構わかりやすい。

例えば、

ギルランダイオ(ミケランジェロの師匠)

ユダだけ手前側に座って仲間外れ。この仲間外れは中世のモザイク画からの伝統です。

モンレアーレ大聖堂(イタリア) 中世のモザイク画

 

ルーカス・クラナッハ(父及び子)

円卓バージョン。明らかに袋持ってる人がいる。また、黄色い服は裏切りの象徴らしく、たいていユダは黄色い服を着ている。(食卓に並んでるのは何の獣??)



ファン・デ・ファネス

聖なる人には光輪をつけるのが昔のルールですが、一人だけ光輪がない。黄色い服、袋持ち。全部盛りバージョン。



さらに時代が下ると人物に臨場感が出てきます。

 

ヴァランタン・ド・ブーローニュ ルネサンス後1626年の作品

暗くてよくわからないですが、右後手で袋を持って仄暗い顔でこちらを見ている?「今からやるゼ」の顔かも。



宗教画の有名なテーマは多くの画家が描いているので、同じ最後の晩餐でも画家や時代によって描き方が多種多様で、どんな風に描かれているのか見比べるのは面白いです。

 

レオナルドの本作に戻って、

ユダは仲間外れになっておらず並列で、光輪も全員無いことから、おそらく13人の人物のリアル感、臨場感、空間の広がりを意識したのかもしれません。

この作品の下描きが残っています。

これをみると最初はユダを伝統に従って、仲間外れにしようとしていましたが、今の構図に変更したようです。

ここには意味があります。

 

この作品はミラノのサンタ・マリア・デレ・グラッツェ修道院の食堂の壁に描かれたもので、当時はここでみんなが食事をとっていました。

修復の際に分かったことですが、イエス様のこめかみあたりに釘を打った跡がありました。ここから糸を引っ張って、見事な一点透視図法(線的遠近法)で描かれています。



壁画と食堂の空間が地続きでつながっているように見せたのです。そして、イエス様の後ろの窓からは空気遠近法(遠くのものほど青っぽく、淡く、ぼやけて描く)で外の広がりを見せています。

当時の人たちはイエス様と弟子たちと一緒に食事をとっているかのような、そういう臨場感を演出したかったのかも。そのためにユダを並列に描いたんじゃないかな。と思ったりもします。

 

また、レオナルドはイエス様を中心に弟子たちを3人4グループに分けて、見事な黄金比分割で人物を配置しています。

さらに、イエス様の穏やかな表情、弟子たちの驚きの顔がとても表情豊かで、見ていて飽きない。

このように本作の素晴らしさ、面白さは科学的に計算されつくした構図とレオナルドの表現技術によるところがあるんじゃないかと思います。



長くなってきたので本日はここまで。

『最後の晩餐』の最大のやらかしポイントは次回。

キーワードはレオ様の好きなあれ。

 

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真のアーティスト?レオナルド・ダ・ヴィンチ:『岩窟の聖母』

万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ

 

現代の私たちはこの人のことを天才中の天才といっていますが、本人が生きた時代では評価がちょっと違いました。

 

前回書いた通り、この人の特徴は

①納期を守らない

②頼んだことと違うものを描く

 

いつまでたっても完成しないので未完成のものばかり。

ちゃんと完成品と認定された作品は数枚。

そもそも、注文が無いので作品数自体が異常に少ない。

同時代のミケランジェロやラファエロは何百枚何千枚とあるにもかかわらず、レオナルド作と現在認定されているのは20枚以下。いまだに、レオナルド作かその弟子作なのかよくわからない作品も結構あります。

 

今回のテーマ『岩窟の聖母』

ルーブル版





興味深い絵です。

 

レオナルドは作品数が極端に少ないにもかかわらず『岩窟の聖母』はなんと2枚あります。

1つはルーブル美術館(こちらを最初に描いたと言われています。)、もう1つはロンドン・ナショナル・ギャラリー

ロンドン版

 

まず、何が描かれているのか。

 

中央にいるのが聖母マリア様。その右下の幼児がイエス様。その隣が天使(大天使ガブリエルともウリエルともいわれてます)。左の幼児が洗礼者聖ヨハネ。

この絵のテーマは聖書の話「エジプトへの逃避」。

 

ユダヤの王(イエス様)が生まれたという知らせを受けて、時の王様、ヘロデ王は自分の立場を不安に感じ、同じ年に生まれた赤子を全員殺すよう命令を出します。

これを「幼児虐殺」といって、こちらも絵のテーマになっています。

神からその知らせを受けて、母マリアと父ヨセフはエジプトへ逃げます。その逃避行の一場面といわれています。

洗礼者聖ヨハネは、イエス様が大人になってから、洗礼を授けるのですが、2人とも幼児。

ちょっと聖書と時系列が違いますが、この幼子ヨハネと聖家族(マリア様、イエス様)と一緒に描かれることはかなり多いです。

 

幼子2人が出てきたら、どっちがイエス様でどっちが洗礼者聖ヨハネかな?と推理するのは面白いです。だいたい何かしらヒントが描かれてます。

この絵は幼子ヨハネが両手を合わせて、イエス様の所にご挨拶に行っているようにみえます。その時イエス様は右手指2本をヨハネに向けているので、祝福を授けているポーズ。

マリア様はそれを優しく見守っています。

天使がこっちを見て何か指さしています。

ダン・ブラウン作「ダ・ヴィンチ・コード」にもこの絵の天使の指の先に事件のヒントがありました。

レオナルドは私たちに大いなる秘密を残しているんだ!とみると面白いですが、夢を壊すようで申し訳ないですが、なにせ、あれは作り話なので。。。

 

一般的にいわれているのは、ルネサンス様式特有の、人物が三角形に構成された安定的な構図。

まず、目が行くのは中央の聖母マリア様。マリア様は右下を見ながら、手は左側。

その先に天使がいて、その天使がヨハネを指差し、イエス様も指でヨハネを祝福。

その指の先にヨハネがいて、イエス様に向かって手を合わせる。

そのヨハネをさりげなく優しく手で支えているのがマリア様。

このように非常に安定的な三角形の構図をとりながら、見る人の視線誘導をしています。さすがレオナルドさん。

この視線誘導は、はるか昔から現代の画家に至るまで多くの人が行っている高度な技術です。

 

随分と技術的なことを言って、夢を壊しましたが、レオナルドは指を使った特徴的で妖しげ、謎めいた作品がほかにもあるので、やっぱり何かしらの秘密があると疑いたくなるのもわかります。

たくさんの想像力を膨らませてくれます。

(左)『白貂を抱く貴婦人』(右)『洗礼者ヨハネ』
どちらも非常に上手くて惹きつけられる表情で、妖しい。

 

ところで、前述した通り極端に作品数が少ないにもかかわらず、なぜ『岩窟の聖母』は2枚あるのか。

この絵が特に気に入っていた、というわけではなく、2枚注文されたわけでもなく、

モメたから。。。

 

この2枚を見比べてください。(ロンドン版が青いのはおいておいて)いくつか違いがあります。

(左)ルーブル版 (右)ロンドン版

ロンドン版は天使以外に聖人を意味する輪っかがついてます。キリスト教絵画には聖なる人には輪っかをつけるという暗黙のルールがあります。

また、ヨハネは十字架っぽい杖を持っています(一般的によく描かれるヨハネの持ち物)。

そしてあの謎めいた天使の指が無くなっていて、視線はこちらを向いていない。(ヨハネをチラ見?)

 

いつまでたっても作品が仕上がらない。納期を守らないレオナルドさん。『モナ・リザ』はキャンセルされ、『岩窟の聖母』の時は、契約通りちゃんと描かないし、支払い関係でモメたため泥沼裁判になっちゃいました。

 

注文主は、「聖家族とダヴィデとイザヤを描いて、その周りに天使たちを描いて」と注文したのに。

レオナルドの特徴。注文と違うものを勝手に描く。

 

この泥沼裁判が25年もかかっちゃったので、なんとレオ様、裁判係争中に、ルーブル版の『岩窟の聖母』を他の人に売っちゃいました。

 

やっと判決がでて、結局ちゃんと注文主に納品することになり、仕方なくもう1枚描きました。

(それにしたってこれもちゃんとすごいです。)それがロンドン版。

 

しかも注文主からルーブル版についていろいろクレームが入っていました。

まず、聖人には光輪を描くのが原則なのに、それが描かれてない。これじゃあ、聖人というより、ただの人。

しかも幼子のどっちがイエス様でどっちがヨハネかわかんない。マリア様が背中に手を当ててる左の子がイエス様かと勘違いする。

天使がこちらをみて指さしているのが、意味深で不気味。などなど。

 

こんな理由からロンドン版は、みんなに光輪を描き、十字架の杖を持たせることで左がヨハネ。右がイエス様。天使の視線はこちらを向けず指さしはなし。

 

ということで2枚できました。

 

こんな残念な理由がありますが、それでもやっぱりこの作品は魅力にあふれています。

 

スフマート技法を使った幼子イエス様、洗礼者聖ヨハネの凛々しい顔、マリア様の慈悲深い顔、天使の妖しい表情。

服の襞、髪の毛の描写、空気遠近法(遠くのものほど青っぽく、淡く、ぼやけて描く)を使った岩窟の先の風景。どこをとっても上手い。美しい。

 

光輪はなぜ描かなかったのか?そこにマリア様イエス様たちが本当にいるような臨場感を出したかったのか?

天使は何を訴えたかったのか?指は本当にヨハネを指しているのか?

そもそもなぜ岩窟の中なのか?等々。

ここまで美しい作品で、かつ、謎が多い作品だからこそ、今日でも多くの人を惹きつけて離さない。たくさんの想像力を沸き立たせてくれます。

 

今なお輝き続ける名作です。



次回は、レオナルドの最大の傑作にして最大のやらかし事例No.3『最後の晩餐』です。

 

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真のアーティスト?レオナルド・ダ・ヴィンチ:『モナ・リザ』

盛期ルネサンス三大巨匠の一角、レオナルド・ダ・ヴィンチ



レオナルド・ダ・ヴィンチについて書かせていただけるとは、とても光栄で身が引き締まる思いです。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチという名前は「ヴィンチ村出身のレオナルド」という意味です。本名はレオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ。

ここではレオナルドと書きます。

 

ご存じ「万能の天才」。

画家だけにとどまらず、科学から数学、解剖学、動植物額、鉱物学、天文、気象、地質、土木、飛行機力学、軍事工学などなど、なんでも研究した大天才と言われています。

どうしてここまで多彩に研究したことがわかっているかというと、約5000枚にも及ぶ膨大なレオナルドのメモやスケッチが残っているからです。これを「レオナルド・ダ・ヴィンチ手稿」といって世界各地の図書館博物館に保管されています。

いずれ、この手稿も紹介したいですが、今回は本業の画家としてのレオナルドについて。

 

身が引き締まると言っておきながら、さっそくレオナルドの残念な部分を。

 

よくレオナルドとミケランジェロが比較されますが、筆者としては、「レオナルドはアーティスト」、「ミケランジェロは職人」というイメージがあります。

といっても過去のブログでミケランジェロがどれだけすごい神のような芸術家と言ったように、決して職人を下に見ているわけではなく、当時のあの膨大な注文に対してちゃんと作品を完成させているプロ意識の非常に高い人です。もちろん作品も一級品。

 

それに対してレオナルドは注文を受けても、完成させない。1枚描き終えるのがめちゃくちゃ遅い、頼んだものと違うものを描く。

こんな人においそれと絵の依頼はできません。職業画家としてはダメダメだったのです。

「あの人、絵は上手いけど、ちょっとね。。」

注文されないので仕事がない。そのため作品数も数えるほどしかありません。にもかかわらず、完成させた(未完成も含めて)絵が凄すぎる。後世の影響がものすごい。

作品としては、やはり一級品なのです。

 

ミケランジェロは圧倒的物量、レオナルドは一枚に全集中。どちらが優れているとかではなく、どっちも天才なのです。

盛期ルネサンス三大巨匠は三者三葉でみんなクセがものすごい強い。

特にこの2人は強すぎて、ラファエロがちょっと普通にみえちゃいます。

 

レオナルドといえばやはりこの作品からみていきます。

『モナ・リザ(ラ・ジョコンド)』



改めてこの作品をみてどう感じますか?笑ってる?怒ってる?ちょっと怖い?

この人に対峙すると、まるで時が止まったような、世界が私と彼女だけになるような。

 

これからモナ・リザについて書きますが、そんなのなくても知識なしでも、素晴らしい作品です。

 

まず、モデルについて。

この女性はリザ・デル・ジョコンド。

モナ・リザとは”リザ夫人”という意味。この人は裕福な絹商人フランチェスコ・デル・ジョコンドさんの奥様。

ジョコンドさんが自分の奥さんを描いてくれと依頼して描いたと言われています。

そのため、ルーブル美術館ではこの作品のタイトルは「ラ・ジョコンド」”ジョコンド夫人”となっています。

一時期、モデルについても何人かの説がありましたが、現在はジョコンド夫人ということで最終決定しています。

リザさんはこんなに妖しげで怖そうな顔の人だったのか?

多分、実際はこんな顔じゃないと思います。

 

前述した通り、レオナルドは1枚の絵を完成させるのにものすごく時間をかけていました。

とにかく完成しない。注文主はまだかまだかと催促をしてもお構いなし。

そのため、モナ・リザも注文主から「もういい」と途中キャンセルされました。

同じルーブルにある『岩窟の聖母』は前金を払っていたので、裁判になっています。

 

こんなに遅かった理由は、完成してそうに見えても、本人が認めないと納品しない、完璧主義だったのか。我が強かったのか。

しかしその他に、レオナルドが憑りつかれていた「スフマート」という油彩技法も関係しています。

 

スフマートとは「煙のような」という意味で、グラデーションをつけるぼかし技法です。

油絵は絵の具を油でといて塗ったもの。油が乾けば何度でも上から塗り重ねられます。何度も塗り重ねれば、その分、絵に重厚さが増していきます。しかし油が乾くのには数日かかります。

「スフマート」という技法はほんの少しの絵の具を油でといて、うすーくキャンバスに塗り重ねます。ぼかしながら何度も薄く塗り重ねることで層が厚くなり、光が当たっているところから影になっている部分のグラデーションができて半透明のツルスベのお肌と絶妙な顔の凹凸が描けます。

↓こんな感じ。

ラファエロ・サンティ『ラ・ヴェラータ(ヴェールを被る婦人の肖像)』

 

当時、他の画家もスフマートを使っている人もいましたが、レオナルドのモナ・リザはこの技法の究極系です。絵の具の量を極力少なくして、ほぼ油というぐらい絵の具を異常なレベルでうすーくうすーく何度も何度も塗り重ねる。

ちょこっと塗って、数日乾かす。塗る。乾かす。塗る。乾かす。。。。。

科学調査をしたところ、多い所で約20回は塗り重ねてたそうです。

 

こんなことしてれば。納期は守れない。

 

しかも、注文主からキャンセルされたのをいいことに、どこへ行くにも、これを持ち歩いて塗り重ねていたそうです。

モナ・リザは77×53cm 意外に小さい。十分持ち歩けるサイズ。

レオナルドは晩年、亡くなるまで加筆し続けていたそうです。

 

そのスフマートの行きつく先がモナ・リザだったのです。

ぼかすということは、つまり輪郭線がない。自然界に「輪郭線」というものは存在しません。輪郭線は人間が引いた境界線です。

レオナルドはこれを考慮していて、モナ・リザは間近で見るとどこの箇所も輪郭線がありそうでない。

(左)レオナルドとほぼ同時代のボッティチェリ『ヴィーナスの誕生』輪郭線を引いています

 

どこもかしこもはっきりしなくてぼやーっとしてるから、見る角度によって微笑んでいたり、怒っていたりみえる。線を引いてもらえるとその人の感情が見えやすいんですが、ぼやーっとしてるからよくわからない。



さらに、キャンセルされて、顔をジョコンダ夫人でなくても良くなったので、そこから自分の理想の顔になるように修正しながら塗り重ね。

 

極限のスフマート技法によって輪郭線を無くし、どこが境界か、どんな感情なのかも曖昧にし、顔も理想的で普遍的な顔とした。

これが「モナ・リザの微笑み」の秘密です。

 

それを踏まえてモナ・リザを改めて見てみてください。

決して複雑な絵ではないのに見ていて飽きない。

どんな表情?笑ってる?怒ってる?この人はどんな感情を隠し持ってる?

もうここまでくると鑑賞者自身の自分との対話になってきますね。

 

レオナルドやモナ・リザは研究されつくされており、モナ・リザにまつわる話だけでも膨大です。

空気遠近法で描かれた背景の水平線が左右で違う。

実はモナ・リザはもう2枚ある(実際あるっぽいです)。

この不思議な微笑みの解釈をフロイトが研究してたり、モナ・リザが盗まれたときにピカソが容疑者にあがったり。。。

しかも、いまだに研究中で、たまに新発見がニュースになります。それだけあの微笑みには、惹きつけて離さない、唯一無二の魅力があります。

 

今回はレオナルドが生きた時代、ルネサンスとレオナルド本人のリアルをベースに書いております。

本日はここまで。

 

次回はレオナルドやらかし事例No.2『岩窟の聖母』です。

 

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