ディエゴ・ベラスケス『ラス・メニーナス』の解説の続きです。
バロック絵画の特徴として、明暗対比と躍動的な人物。まるでスポットライトが当たっているような場面。
バロックの創始者カラヴァッジオの作品でみると、真っ黒な背景の中に人物がスポットライトのような強い光を浴びて強調されていること。
バロックの大巨匠ルーベンスのように人物がひしめくように描かれて一人一人の躍動感がすごいこと。むしろごちゃごちゃしすぎてちょっと日本人には胸やけですが。
それに比べて、ベラスケスの作品はどれも柔らかい光と不思議な静けさがあります。
3人の作品と見比べると一目瞭然。
これがベラスケスの特徴の一つです。人物もたくさんいてごちゃごちゃしているはずなのに、静か。
王女様や侍女たちの動きもとても上品でゆったりしたような感じがします。
ベラスケスの描く人物はみんなそうなのです。王様でも平民でも、なんか知的そうで品がある。
そして静か。それも全くの無音ではなくて、とても優雅な静けさがあります。
人物の描き方のほかにも、この柔らかい光も重要です。カラヴァッジオの強烈な光ではなく、『ラス・メニーナス』では右側の窓からのとても柔らかい光、この光が王女にまっすぐ当たって、王女の高貴さが表現されています。
絵を見る人は王女にまず目が行きます。
前回、この作品はベラスケスが絵の前に立っているであろう国王夫妻を描いているところにマルガリータ王女が侍女を連れてやってきた場面を描いていると書きました。
つまり、私たちは国王夫妻が立っているであろう場所からこの作品を鑑賞することになります。
だから、この作品は私たちが作品を見ると同時に、王女や侍女、ベラスケスに見られている作品でもあります。
次に細部を見ていきましょう。
マルガリータ王女の描き方をみると、だいぶ雑に描かれています。
筆跡がはっきりわかる、しかもほんの数回のタッチをサッサッサッと重ねただけ、それだけで胸の飾りを描いています。こんなに雑でも遠くから見るとはっきりと飾りがわかります。
これは200年以上も後のマネや印象派のような描き方です。ベラスケスは印象派を200年以上先取りしてます。
マネはこの描き方もリスペクトして自分の作品でも挑戦しています。ちなみにそのマネを慕っていたのが印象派のモネやルノワールです。
右手前には小人症の人物が描かれています。王女様と一緒の画面になぜ?と思いますが、昔の各国の宮廷には宮廷道化師として、ピエロや小人症の人が「楽しみを与える人々」「慰みの人々」という職業として、ピエロや奇形の人がいました。そこそこ待遇良かったそうです。
王女に付き添っている若い女性2人が王女の侍女、その侍女の少し後ろ、宮廷道化師の後ろにいる2人がシャペロンというしつけ役、お目付け役。一番奥のドアのところにいる人が侍従長。
この作品のとんでもないところは構図にあります。
描かれている人物たちがなんと、7層にも描き分けて、奥行きが広がっています。
まず、ベラスケスが描いているであろう左側のキャンバスと右のワンちゃんが同じ位置にいます。次に小人症の人たち。次に王女と侍女。次にベラスケス。次にシャペロン。次が鏡の中の国王夫妻。一番奥が侍従長。
これだけ見事に7層に分けて奥行きが描かれている作品は他に見たことがありません。
これを真似しようとして(多分)失敗したのがスペインの宮廷画家ゴヤ。
ゴヤの『カルロス4世の家族』
これは完全に『ラス・メニーナス』を意識して描いた作品です。
ベラスケスと同じ位置にゴヤ本人とキャンバスが描かれてます。でも人物で奥行きを描こうとしてますが、あんまり奥行きがありません。ゴヤ自身も暗く描かれて奥に引っ込んでいて、あんまりベラスケスほど主張してません。
ベラスケスの柔らかい光と比べて明暗対比が強めで全体的にベラスケスよりごちゃごちゃして見えるため、品の良い静けさはありません。
サージェントも頑張ってます。ベラスケスより層の数は低いですが。
『ラス・メニーナス』は一番光が当たっている王女にピントが合うように、王女の顔がはっきり描かれています。人間の目は奥に行けば行くほどピントが合わなくてぼやけて見えます。だから一番奥にいる侍従長はとてもぼやけて描かれてます。
しかし、この作品は7層に奥行きが広がっているので、なんとベラスケスはその層に合わせてぼやかし具合も7層に描き分けています。ベラスケスとシャペロンたちもぼやかし具合が違います。
さらに、人間の目は手前側もぼやけます。だから王女より手前にいる小人症の人たちもわずかにぼやけて描かれてます!
こうやって、光の入り方、人物のいる位置、人物のぼやけ具合で奥行きを広げて、一番奥の侍従長のところに行きます。奥のほうは光が入らず暗くなるところを、ドアを開けることで光を入れて侍従長がはっきりわかります。これらがすべて計算されて描かれています。とんでもない。
さらにもう一つ。もう一度全体をよく見ると、なんとこの作品、人物が綺麗に下半分に全員収まっています。上半分はなんと天井!実は上方向にも空間が広がっていたんです。
意外なことに、よーーく見ないとこれになかなか気づけません。
普通は描くものが乏しい天井をこんなに広く描くと上がぽっかり空いて下に描かれたたくさんの人物との対比で、絵としてなんとなく違和感を感じますが、それを感じさせないほど見事に描かれています。
だからこの作品は奥にも上にも広がりがあります。
これを平面のキャンバスにここまですごい画力で、見事な構図で描いちゃってるんです。
私たちは国王夫妻と同じ位置に立ってこの作品を見ることで、まるでこの部屋にいるかのような没入感を楽しめるとんでもない作品なのです。
作品もさることながらベラスケス自身もとても有能だったようで、フェリペ4世に非常に信頼されており、宮廷の美術品の鑑定や収集などもすべて任されました。
今のプラド美術館にある作品の多くはベラスケスが選定したもの。
さらに画家の地位じゃありえない王宮配室長という王城の全体を管理するような重職につき、そっちの仕事で大忙し。
さらにサンチャゴ騎士団の騎士にも任命されます。
歴史の教科書的にもビジュアル的にも微妙なフェリペ4世ですが、この人の功績は若きベラスケスを見出したことだ。とよく言われます。
その王の信頼が篤すぎて、描けたのは美男美女でもない王家の肖像画ばっかりで、画家以外の仕事も忙しすぎてあまり作品数も残せず。。。
だから親交のあったルーベンスと比べて作品数がとても少ないです。後の私たちからしたら、もっとたくさんの作品を見たかった。。。
その結果、なんと、忙しすぎて過労死。
ベラスケスの魅力はまだまだこれだけじゃありません。面白くて素晴らしい作品ばかり。数は少ないですが、歴史画や宗教画もあります。
是非ほかの作品も鑑賞してみてください。
長くなりましたがここまで読んでいただきありがとうございました。
次回はこれまた大大巨匠レンブラント