hiro_ame’s blog

美術マニアで科学と宗教を学ぶのが大好きな絵描き。

オモシロ絵画 inネーデルランド ヤン・ファン・エイク『ヘントの祭壇画』2

ヤン・ファン・エイク『ヘントの祭壇画』(『神秘の子羊の礼拝』)

from wikimediacommons

 

前回はヤン・ファン・エイクがどれだけすごいのかをということと本作のそれぞれの中身について見ていきました。

 

本作の各パートのそれぞれのテーマが

閉じた状態:「キリストの誕生」

開いた状態:上段一番両端:「人間の受難」 その隣の両端:「讃美歌の天使たち」

      上段中央 :左から「聖母マリア」「キリスト又は神」「洗礼者ヨハネ

      下段両端の4パート:

       左から「正しき裁き人」「キリストの騎士」「隠修士」「巡礼者」

      下段中央:「神秘の子羊の礼拝」

 

 

今回は開いた状態を見ていきます。

ヤン・ファン・エイクという画家と閉じた状態の内容についてはこちら↓

 

hiro-ame.hatenablog.com

 

 

まず一番上段の両端の裸の人たち

これはもちろんアダムとイブです

イブが知恵の実の果実を持っていて、二人とも体を隠しているのでもう果実を食べた後ということがわかります。イブのおなかが膨らんでいるので妊娠しています。

さらに二人の上にはその二人の子ども「カインとアベル」の話が描かれてます。この話は人類最初の殺人といわれています。

つまり、人類の受難と罪を表しています。

 

上の絵の中央の両翼は、翼はないですが天使たちです。

左翼が「合唱の天使」右翼が「奏楽の天使」

 

そして上段の中央が左から「聖母マリア」「イエス又は神」「洗礼者ヨハネ

これはデイシスといって中央にイエス様 左にマリア様 右に洗礼者ヨハネという伝統的な構図でイコンでもよくこの形式で描かれます。

 

そして、最後にメインの下段

両翼は

左から「正しき裁き人」「キリストの騎士」「隠修士」「巡礼者」

ちなみに「巡礼者」に描かれてる巨人は聖クリストフォロス。イエス様を背負って川を渡ったという伝承があります。

 

そしてメインの中央下段

この部分だけで134.3 × 237.5 cm

何が描かれているかというと

中央に「神秘の子羊」その周囲に天使が並んでおり、子羊の上には聖霊が描かれてます。

左奥の人だかりは「男性の殉教した聖人たち」右奥は「女性の殉教した聖人たち」

手前左は「ユダヤ教やほかの異教の聖者、旧約聖書時代の預言者たち」

手前右は「新約聖書時代以降で左側に12使途 その後ろに歴代のローマ教皇

 

これらの人たちが全員、神秘の子羊(イエス)を礼拝しているという構図です。

ここまでが作品全体の構成です



前回書いた通り、ヤン・ファン・エイクは初期フランドルの代表画家です。初期フランドル絵画の特徴の一つとして細密描写。超絶細かくリアルに描いてます。

この画像だとちょっとわかりづらいのでいくつか拡大してみます。

例えば、歴代ローマ教皇や歌を歌っている天使たち

 

教皇の王冠や装飾品などが本当に細かくてリアルです。顔も一人ひとり違う。本には何が書かれているのか分かるそうです。

讃美歌を歌う天使たち。一人一人の表情がすごいです。しかも、この口の具合からそれぞれがどのパートを歌っているのか分かるそうです。超絶リアル。

メインの子羊も拡大してみてみます

子羊は神に捧げる生贄です。その無垢な子羊の血を捧げることで人間の罪を贖ってくれます。

エス様も自らが死んで血を流すことで人間の罪を贖ったことから、イエス様=子羊となったのです。

 

ところでこの羊、顔変じゃないですか?

実は以前の羊の顔はこうでした(左)

左のほうが羊っぽいです。

 

これは2012年に修復されて普通の羊(左)から変な顔(右)のほうになりました。

普通の羊のほうをよくよく見ると耳が4つあります。(下のほうの耳も変)ここからこの羊は後から誰かが描きなおしたということがわかり、修復すると変な顔の羊が出現したのです。

つまり、ヤン・ファン・エイクは変な顔の羊を描いたのです。もちろんここまでリアルに描けるファン・エイクがミスったわけではなく、わざとこう描きました。

羊は羊でもイエス様としての羊なのです。だから顔が人間っぽく、堂々とした佇まいです。

血がドバドバ流れてるのにビシっと立っています。

 

のちの世代の人が「この羊、顔変じゃね?」と思って、この真意もわからずリアル羊に描きなおしちゃったんじゃないかと。

 

ここまで『ヘントの祭壇画』の全体をみてきました。

それにしても作品全体の構成としても、よくできてるなと本当に驚きです。

開いた状態での大きさが3.4m×4.6m 大きいように思われますが実物をみると描かれている人数の多さなどから、あんなにリアルに描かれている人物も等身大以下で全体の情報量がすごいので、そんなに大きくは感じないかと思います。

そして中央の神秘の子羊の堂々とした風格。

鑑賞者も思わず手を合わせたくなります。

 

だから各国の有力者がみんな欲しがって何度も盗難にあいます。

ナポレオンはフランス革命の頃に強奪して一時期ルーブル美術館で展示されていたり、

ナポレオン失脚後ベルギーに返還されるも、当時の教会が困窮して金策でこの絵をバラバラにに売ってベルリン絵画館に行ったり(のちに帰ってきた)

そうしたら今度は古典芸術が大好きなヒトラーがこれを超絶欲しがってまた強奪してイタリアに隠したり。

ものすごい紆余曲折を経て、現在のベルギーに帰ってきたのです。しかも途中バラバラにされて売られたりもしたのに、ほとんど全部戻ってきて、現在、完璧な状態でベルギーで鑑賞することが出来ます。

そこもものすごい奇跡的なラッキーが重なったおかげ!



厳密には、開いた時の下段一番左翼の「正しき裁き人」は誰かが盗んだまま、帰ってきてません。現在飾られているのは後の人が複製したものです。

盗んだ人、是非返してください!



多くの苦難にあったにもかかわらず、ほとんど完全体で今の私たちも鑑賞することができる。奇跡的な祭壇画です。