hiro_ame’s blog

美術マニアで科学と宗教を学ぶのが大好きな絵描き。

「ベアタ・ベアトリクス」作品から見るロセッティという人物

「ベアタ・ベアトリクス」ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ1864–1870

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この絵のモデルはエリザベス・シッダルという人でロセッティの奥さんです。

 

この作品を解説するにはロセッティがどんな人物だったかを知る必要があります。

まずはロセッティについて。

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ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティはラファエル前派

(正式名称:ラファエル前派兄弟団:the Pre-Raphaelite Brotherhood:P.R.B)

という美術サークルを立ち上げた画家です。

メンバーはロセッティ、ミレイ、ハント、ウイリアム・マイケル・ロセッティ(弟)、ウールナー、スティーヴァンス、コリンソンの7人。

 

ミレイは「オフィーリア」を描いたことで有名で、この絵とロセッティの絵を見比べるとわかる通り、めちゃくちゃ絵が上手いです。



「オフィーリア」についてはこちらで詳しく書いています。

https://hiro-ame.hatenablog.com/entry/2023/06/04/123510




ロセッティはラファエル前派の理念を伝えるスポークスマンでしゃべるのが上手いです。

詩も書きます。

(ちなみにロセッティの妹クリスティーナ・ロセッティは有名な詩人です)

 

ラファエル前派とは当時のイギリス美術アカデミーの教育に不満を抱いていた大学サークルのようなものの集まりです。

当時の美術教育はギリシャローマ神話や聖書の題材をもとに人物や自然を理想化して美しく描きなさい。女神を美女でナイスバディで男神はイケメンで。背景も理想化した楽園のような感じで描きなさい。という風潮でした。

 

それを否定したしたのが美術評論家ジョン・ラスキンというとっても偉い人。

「理想化したものじゃなくてもっとありのままの自然を描いていこうよ」

 

この考えに共感したのがラファエル前派メンバー。

当時のアカデミーの理想的お手本画家はルネサンス時代のラファエルでした。

「ラファエル以降の絵はどんどんダメになってきたんだ。

だからラファエルより前の時代の芸術に戻ろう!」というのがラファエル前派の主張です。



例えば、ロセッティの初期の作品「Ecce Ancilla Domini!」(「見よ、主の侍女」)、または「受胎告知」

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受胎告知という聖書の一場面です。天使がマリアが処女のままイエス・キリストを身籠ったということを伝えに来た場面です。

このテーマは過去に非常に多くの画家が描いており、描くルールもだいたい決まってます。聖母マリアが祈っているときに天使がユリをもって現れる、上のほうに神様がそれを示してる、全体的に荘厳な雰囲気などなど。

 

一例としてレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」

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こんな感じの絵が多いです。

しかし、ロセッティはマリアがベッドにいたときに天使が伝えに来た。

いかにも寝ているときにやってきた感じですね。

通常マリアは天使からの言葉に目を瞑っていたり、ありがたい、畏れ多いという感じの表情が多いですが、ロセッティのマリアは不安げ。

いかにも幼い女性のところに突然天使が現れて(それだけでも超びっくりですが)

「あなた身籠りました」なんて言われたら不安ですよね。

そんなふうに現実の世界で起こったらこんな感じじゃないかというふうに、理想化した絵ではなくもっとありのままの自然な感じで描こうと挑戦しています。

 

この絵は通常の描き方ではないので大変な批判も受けましたが賛同してくれる人もいました。

ジョン・ラスキンも賛同してくれて非常に支援してくれました。

 

そのうちにラファエル前派のミューズ(女神)となってくれたエリザベス・シッダル(通称リジー)も現れました。リジーはラファエル前派のモデルをしてくれました。

 

ミレイの「オフィーリア」のモデルもリジーです。

ミレイはこれを描くために、リジーにしばらくバスタブに浸かってもらったために肺炎になって、治療費を家族から請求されたなんて逸話もあります。

 

女神リジーを射止めたのはロセッティでした(ロセッティは詩が書けるくらいしゃべるのが上手いのでモテる)。二人は付き合います。

 

でも、このロセッティという人物はドン引きするくらいの残念なクズ男なのです!



長くなってしまったので続きはまた次回

コティングリー妖精事件

妖精好きな人はイギリスで起こった「コティングリー妖精事件」をご存じの人も多いのではないでしょうか。

 

1917年イギリス コティングリー村に住む2人の従妹フランシス・グリフィス9歳とエルシー・ライト16歳が「妖精をみた。その妖精の写真を撮ってきた」と言って1917〜1920年で5枚妖精の写真を撮ってきました。

これらの写真をめぐってイギリス中が大論争!

この写真を信じたのは「シャーロック・ホームズ」の作者アーサー・コナン・ドイル。スピリチュアリストでもあったドイルはこの写真とともに妖精について雑誌に掲載しました。

写真の鑑定が何度もなされ、写真偽造の痕跡はないだの捏造されたものだの、懐疑論者は「妖精たちが童話に出てくる妖精に似すぎている」「髪型がずいぶんファッショナブルだ」など。大規模な科学鑑定まで実施されました。

 

ここまでの大事件になったのはやっぱり妖精や魔法が大好きなお国柄イギリスだからこそですね。他の国だったら大人が取り合わなかったかもしれません。

 

それから年月が経ち、2人がおばあちゃんになったころ「写真は作りものでした。自分で絵を描いてそれを切り抜いて一緒に写真を撮りました。」と出版社の取材で告白しました。

 

「でも5枚目の写真は本物です。」



本人たちは妖精は見たとの主張を最後までしていたとのこと。

2人の死後、写真はオークションに出され超高額で買い取られたそうです。

真実はわかりませんが、妖精を見たけど写真には写らなかったのかななどと筆者は考えたりします。

いずれにしてもとても興味深い面白い事件です。



話は変わりますが、興味深いことに日本人でイギリス妖精学について古くから研究している井村君江さんという方がいらっしゃいます。

なんとこの方今の上皇皇后美智子様に妖精学について御所にてお話をされた経験があるそうです。

数々の研究資料とご本人が集めた妖精絵画が宇都宮の博物館と福島県の美術館に「妖精ミュージアム」として展示されているとのことで筆者もぜひいずれ行きたいなと思っているところです。

 

というわけでこのお話はおわり

 

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ヴィクトリアン・フェアリー・ペインティング No.2

前回、妖精をテーマにしたいくつかの絵画について紹介しました。

 

ヴィクトリア女王時代の妖精絵画のことを「ヴィクトリアン・フェアリー・ペインティング」と言います。この時代にブームになったテーマで多くの画家が妖精を描いています。しかもイギリスだけ。ほかのヨーロッパ諸国では妖精はほとんど描かれていません。

 

なんでイギリスで大ブームが起きたんでしょう?

アーサー・ラッカム「夏の夜の夢」

 

理由① そもそもイギリス人は目に見えない妖精や幽霊が大好き

イギリスは妖精や幽霊などの超自然的なものが大好きなお国柄なんです。

日本では嫌がられる幽霊物件も実はイギリスでは逆に高値がつく物件になるくらいイギリスでは幽霊が大好き。さらにハリーポッター指輪物語が日本でも流行ったように妖精も魔法も大好き。

イギリスがもともとこういうお国柄ということも理由の一つです。

ここにはイギリスの土着の神話「ケルト神話」が源流にあります。

ケルト神話にでてくる「ダーナ神族」が妖精のもとになったといわれています。今でもイギリスの特に北方のほうなどでは妖精の民間伝承がとにかく多いです。

 

ジョン・ダンカン「妖精の騎手」ダーナ神族を描いた絵

 

理由②近代化の反動によるオカルトブーム

この19世紀は産業革命の発達によってさまざまなものが工業化し、蒸気機関車の発明、科学の発達、エネルギー革命などなど様々なものが近代化してイギリスがとても裕福になってきた時代でした。

その反動で、科学では解明できない妖精や幽霊・天使や悪魔など神話やファンタジーへの憧れなどから”オカルト”がブームが来ていました。

この時期に「黄金の夜明け団」という有名な魔術結社も設立されています。

 

理由③ロマン主義民族意識の発達

イギリスはフランスなどよりロマン主義絵画が早く生まれていたのです。

ロマン主義」とはこれまでの美術アカデミーで学んだ「新古典主義」とは相反する様式です。

新古典主義は簡単に言うと聖書やギリシャローマ神話を題材にした宗教画(歴史画)で、人物をリアルではなく理想的な美男美女に描くというもの。

それに対してロマン主義は「今、現実に起きていることを描こうよ」といって現実に起こった事件を描いたり、「俺たちはギリシャ・ローマ人じゃない。古典ならイギリス古典を描こうよ」という自国意識(民族意識)がこの時代に高まっており、「イギリスの古典といえばシェークスピアアーサー王伝説でしょ!」ということで、シェークスピアの妖精がメインの劇である「夏の夜の夢」と「嵐」を題材にした妖精、それがさらに発展してイギリスの妖精の民間伝承なども加わって妖精単独絵画がたくさん描かれたのです。

他のシェークスピア作品やアーサー王伝説を題材にした絵画もこの時代とても流行りました。過去に筆者が書いたジョン・エヴァレット・ミレイ「オフィーリア」もこの流れの中で生まれました。

イギリスロマン主義様式は前回説明したヘンリー・フュースリーやウィリアム・ブレイクが先駆けです。

この「絵画(歴史画)とは聖書やギリシャローマ神話を描くものですよ」と当たり前のように習っていたこの時代にとってこれは画期的でした。

イギリス含めヨーロッパ中で民族意識が高まった理由としてナポレオンの侵攻があったのですがそれについてはまたいつか。

 

カイ・ニールセン「白い国の姫君」この絵は日本の浮世絵の影響が見られます



 

ちなみに。妖精好きな人は「コティングリー妖精事件」というのを聞いたことがあるのではないでしょうか?

この事件がどんな事件なのか、なぜとても有名になったのか。とてもイギリスらしい面白い事件なので、絵画とはあまり関係ないですがとても興味深い事件のため次回はこれについて。

 

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ヴィクトリアン・フェアリー・ペインティング

「妖精絵画」というジャンルをご存じですか?


今ではゲームやファンタジー物語によく登場する妖精たちですが、実は妖精をテーマにした絵画というのが18〜19世紀に大ブームだったんです!

しかも面白いことに流行ったのはイギリスだけ。


当時のイギリスの王様はヴィクトリア女王で女王も好んで絵を購入していたため「ヴィクトリアン・フェアリー・ペインティング Victrian Fary Painting」といって妖精の絵を描く人がたくさんいました。


例えば

リチャード・ダッド「眠るティターニア」

ジョン・アンスター・フェアリー・フィッツジェラルド「妖精の宴会」

ジョセフ・ノエル・ペイトン「オーベロンとティターニアの諍い」

 

などなど


オーベロンとティターニアというのはシェークスピアの「夏の夜の夢」のなかの登場人物で妖精の王様と王妃の名前です。

シェークスピアの「夏の夜の夢」や「嵐」では妖精が重要な役割を果たしています。画家たちはここからテーマをとり絵に描いていたのです。


フィッツジェラルドの絵をみるとわかりやすいですが、どれもこれも幻想的でちょっと恐さもあり。妖精たちが楽しそうで見応えあります!

それにしても妖精が多くて、なかなかのごちゃごちゃ具合です!(出来れば拡大してじっくり見てほしいです)

当時の妖精絵画のひとつの特徴です。

 

ジョセフ・ノエル・ペイトン「オーベロンとティターニアの諍い」もよく見るとかなりゴチャゴチャ妖精たちがひしめき合っています。

この絵の妖精たちが何人(何匹?)いるのか数えた人がいます。その総数なんと165人(匹?)!

数えたのは「不思議の国のアリス」を書いたルイス・キャロル

暇だったの?と言いたいところですがルイス・キャロルもいかにも妖精好きそうですよね。

 

 

天使は鳥の羽を背中につけている絵が多いですが、妖精は何もついていないか、もしくは虫系のトンボや蝶々の翅が多いなというのが筆者の感想です。

天使は神様の使いで妖精は植物やその土地に関連するものだからでしょうかね。

妖精というと植物との関連が多そうですが、人魚や魚など海の妖精が描かれた絵もあります。

さらに、ギリシャ神話にもニンフという精霊が登場しますが、ニンフは等身大に描かれるのが主です。そこら辺の違いを国や神話によって見比べるのはなかなか興味深いです。

 

もうひとつ妖精絵画で有名な作品として

リチャード・ダッド「お伽の樵(きこり)の入神の一撃」

何やらよくわからない題名ですね。

これは中央下のあたりのこちらに背中を向けている妖精が斧を振り上げて木の実を割ろうとしてるところ。

その一大イベントのために他の妖精たちが見学しにきています。

斧を持っている妖精の少し上には妖精王と王妃のオーベロンとティターニアがいます。面白いのは妖精たちの衣装が異国風なのです。

これは当時のイギリスの貴族などのお金持ちの中でギリシャやトルコ、シリア、エジプトなどへの旅行(グランドツアー)が流行っており

そのときの随伴画家(写真がなかった時代なので旅行写真代わりに画家を連れて行っていた)としてリチャード・ダッドがついっていているためその影響かもしれません。

 

ロックバンド Queenの「The Fairy Feller's Master-Stroke」はこの作品を題材にして作曲されました。リチャード・ダッドがこの絵についての詩を書いていてそれを参考にしたそうです。

 

ヴィクトリア女王時代(18-19世紀)に流行った妖精絵画ですが。

妖精絵画の先駆といわれる作品が

ヘンリー・フュースリーとウィリアム・ブレイク。どちらもイギリスで活躍した画家です(フュースリーはスイス出身)。

ヘンリー・フュースリー「ティターニアとボトム」

この”ティターニアとボトム”を題材にした作品を描いている画家も多いです。

ティターニアはシェークスピア「夏の夜の夢」に出てくる妖精女王。

妖精パックの魔法でロバの頭に変えられてしまった人間のボトム。

媚薬を盛られたティターニアがボトムを好きになってしまう場面です。

 

ジョン・アンスター・フィッツジェラルドのボトムはなかなかのドヤ顔ですね。

 


なんでこの題材が多いのか。

これは「美女と野獣」的な意味合いです。

スラリとした美女の美しい姿と荒々しい動物の毛並みなどの対比が描けて画家として描き応えのある題材なのかもしれません。


また、ブレイクの「オベロン、ティターニア、パックと妖精たちの踊り」にもありますが、妖精たちが手をつないでクルクル踊っている。これもよく見る題材です。

「フェアリー・リング」というのがイギリスの伝承にあります。

月明かりの草原で妖精たちが酒盛りをしてクルクルと踊っていると踊った部分が白い輪になって、その輪の周辺は草木がよく茂ると言われています。

ブレイクの絵にもリングがありますね。

 


次回はなんでイギリスだけで妖精絵画がブームになったのか

その背景について

 

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Report『古代メキシコ展 マヤ、アステカ、テオティワカン』

 2023年6月から上野 東京国立博物館で開催している『古代メキシコ展 マヤ、アステカ、テオティワカン』へ行ってきました。

 

 

 マヤ、アステカ、テオティワカン文明は現在のメキシコ、ガアテマラ、エル・サルバトル、ホンジュラスのあたりにあります。

 占いなどが好きな人はマヤ暦占いなどで知っているかもしれません。

 

 ピラミッドといえばエジプトですがここにもピラミッドがあり、この地域の神話や文明があります。しかもとても面白いことにピラミッドの階段の段数がマヤの暦に対応していたりと、神様がピラミッドに彫刻されていたり、建造物にそれぞれ意味があるようです。

エジプトと比べてまだ発掘研究が進んでいないため詳しいことはまだわかっていない点も多くありますが、とても魅力的です。

 そのピラミッドや神殿など、この地域で発掘された出土品が今回の展示作品です。



展示構成は

Ⅰ.古代メキシコのいざない

Ⅱ.テオティワカン

Ⅲ.マヤ

Ⅳ.アステカ

 

<Ⅰ.古代メキシコのいざない>

 古代メキシコはマヤやアステカ文明より前にオルメカ文明がありました、マヤやアステカ文明の基盤のような文明だったようです。

そのメキシコの自然との共生、食文化、天体や暦、スポーツそして人身供犠について。

この人身供犠はなんと16世紀(つい最近!)でもやっていたことが目撃されているというから驚きです。

 この地域はジャガー信仰があったようで、ジャガーと人間が一体となった石偶や土器が出土してます。実物を見てジャガー要素はいったいどこにあるんだろう?と思うような、ずいぶんリアルな泣いてる赤ちゃんのようでしたが。

 そしてメキシコといえばトルティーヤ!ということでトウモロコシにも神様がいます。トウモロコシの女神の火鉢。こんなに複雑な装飾で使えるんだろうか。

 一番興味深かったのは絵文字。天体や暦を記録するための石板の絵文字がどれもこれも面白い!

左:チコメコアトル神の火鉢 右:夜空の石板



<Ⅱ.テオティワカン

 メキシコ中央高原に位置する都市遺跡テオティワカンテオティワカンとは「神々の座所」という意味で、太陽のピラミッド、月のピラミッド、羽毛の蛇のピラミッド、死者の大通りなどがあり、様々な宗教祭式が行われていた。

 ここは世界遺産に指定されています。ここでの出土品も神々に関するものばかり。



「死のディスク」

 結構大きかったです。沈んだ太陽の象徴で、夜明けとともに再生する。死と再生は同義のようです。中央の骸骨がデフォルメされててなんだか可愛らしい印象です。




「羽毛の蛇神石彫」

 後ろの写真が羽毛の蛇のピラミッド。この石彫がピラミッドに装飾されていて、エジプトのピラミッドとはまた随分と違う趣。

 この神が有名なアステカ神話の文化・農業の神「ケツァルコアトル」マヤでは「ククルカン」

顔が蛇というより龍?沖縄のシーサーや神社の狛犬にも似てるかな?などと思ってみていました。

 ちなみに、メキシコ周辺に生息する世界一美しい鳥といわれるケツァールケツァルコアトルの使いということだそうです。非常に綺麗な緑の鳥で優雅な尾と可愛らしい顔です。手塚治虫先生の「火の鳥」もこの鳥がモデルです。




「嵐の神の壁画」

 背景が赤くて非常にカラフルです。嵐の神だから非常に畏れられていたと思うが、現代の感覚でみるとやっぱりこちらも何だか可愛い。



<Ⅲ.マヤ>

 マヤ文明はなんと紀元前1200〜紀元後16世紀まで栄えた文明。その長さに驚きました。その間に王朝があり、発達したマヤ文字や暦、都市間の交易や交流、戦争など巨大なネットワークが形成されていました。

 さらに筆者が興味深いと思ったのは、通常文明は豊かな川の流域で栄えますが(インダス文明とかメソポタミア文明など)、この地域は大小数千もある「セノーテ」という天然の泉から水を確保していました。ここもダイバーたちの有名なダイビングスポットになるくらい非常に美しい泉です。

 しかし、この泉にも多くの生贄や捧げものが捧げられており、大量の骸骨が沈んでいたというから驚き。




「赤の女王のマスク」 

 パレンケという王朝時代の13号神殿の棺の中にあった遺体とマスク。

 ヒスイのマスクなのになんで赤の女王なんだろう?と思っていたら、辰砂という赤色含量で棺と遺体全体が目がチカチカするほど真っ赤でかなりの異彩を放っていました。マヤ文字がビッシリ書かれた石の棺を開けると、目がチカチカするほどの赤。発見者は鳥肌ものだったでしょうね。

 この棺を丁寧に調べたらヒスイのマスクをしていたのです。真っ赤な棺に緑のマスク、どんな意味があったのか非常に気になります。



「チャクモール像」

 変な形の像ですが、お腹のあたりの平らなところに生贄のための心臓などの捧げものを置いていたというからなかなか怖い像。器のような形じゃなく、人の形で台を作っているというのが独特です。しかもこっち向いてる。



「トニナ石彫171」

 王様どうしが球技をしている場面を描いた石彫で上にマヤ文字もあります。年代と王様の名前が書かれています。古代エジプト文字のヒエログリフなどとは違い面白い。一つ一つの文字が神様の顔なんでしょうかね?とても興味深かったです。



<Ⅳ.アステカ>

 アステカ文明は14〜16世紀に築かれた文明。16世紀といったら日本なら室町〜安土桃山時代足利尊氏織田信長も出てきちゃいます。こう考えるとつい最近まであったんだなあと驚きました。




「鷲の戦士像」 

 テノチティトラン遺跡の大神殿テンプロ・マヨールにあった像。ここの文明は人と動物を同一にする文化なのか。人とジャガーを一体にした石像もそうですし。鷲の擬人化なのか。これがなんの像かは諸説あるようです。筆者は人間の戦士が鷲の精霊の力を借りて戦うようにも見えます。



「テスカトリポカ神とウィツィロポチトリ神の笏形飾り」

 アクセサリーも捧げものの心臓や神々に関するものが多いということで一貫して人身供儀や神々との関係性を大切にしていたようです。



 古代メキシコ文明は動物と人間を一体化するような感性を持っていること。女王のマスクをはじめヒスイが多く出土されており。ヒスイは儀式に重要なアイテムでした。

 また、人身供儀が非常に盛んで犠牲となることが名誉なことでもあり、血や心臓を大量に神々に捧げていたようです。おびただしいほどの数の骸骨が人身供儀の凄まじさを表わしているようでした。

それほどまでに神々との関係性を大切にしていたんですね。

 それにもかかわらず、神々の彫像や図像、日用品は、現在の日本人の感覚で見ると、非常にコミカルで可愛くて面白かったです。当時の人々は決してそんな風には考えて作っていないでしょうが。それとも本当にこんな風に神々が見えてたのかな?

 

チチェン・イツァ遺跡;エル・カスティーヨ from wikimediacommons

 

 まだまだ紹介しきれないくらい魅力的な展示品ばかりで、古代メキシコの神々と生活に触れることができる興味深い展覧会でした。

 ジャングルに覆われてなかなか発見発掘が難しかった古代メキシコ文明が、昨今ではLiDARという最新の航空レーザー機器によってどんどん巨大建造物が発見されているようです。さらなる発掘と研究が発展する事を願うと共に、神々に感謝。

「オフィーリア」何がすごいの?

今度こそ本題の「オフィーリア」のすごさについて

前回、ギリシャローマ神話や聖書の話を理想的に描く究極形態であるラファエルより前の時代に立ち返ろう

理想的普遍的な絵じゃなくて、もっとありのままの自然を描いていこうという理念がラファエル前派だと書きました

 

本作「オフィーリア」はその理念を完璧に表現したまさにラファエル前派を代表する超大作なのです

From wikimedia commons

 

「オフィーリア」のすごさ

シェークスピアが題材

これまでの絵画はギリシャローマ神話や聖書の話について描いたものがほとんどでしたが

「俺たちはギリシャ人でもローマ人でもない。イギリス人はイギリス人の古典を描こうよ!イギリスの古典と言ったらシェークスピアでしょ!」

この題材がすでに斬新だった

 

②実在するありのままの自然

本作に描かれている自然は理想化されたものではなく実際にある場所

イギリスのサリー州ホッグズミル川のほとり

ミレイは何度もここに通って絵を描いていたそうです

 

③圧倒的な細密描写

本作の細部どこを見てもピントが合う超細密描写・超リアル

これはルネサンス以前の画家ヤン・ファン・エイクのような鮮やかな色彩の細密描写

ミレイは小さい頃から神童と呼ばれ絵がとってもうまい子どもでした

11歳で王立美術アカデミー附属学校へ入学しています

これは史上最年少記録

だからこんなにリアルな描写ができるほどの画力があったわけです

From wikimedia commons  オフィーリアを描いた頃のミレイ

 

④花に象徴的な意味を持たせた

本作のオフィーリアの右手あたりにある赤い花はケシの花

緑の中にある赤は目立ちますよね

ケシの花は当時、「睡眠」や「死」という意味がありました

オフィーリアが持っている花にも意味があるのです

これはこの少し後に流行することになる絵画様式である「象徴主義」も取り入れられているのです

From Pxfuel

 

自国の古典を描く民族主義、ありのままの自然を描く写実主義、細密描写のゴシック回帰、象徴主義などまさにラスキンがいったことを圧倒的画力で表現した

ラファエル前派を代表する作品なのです!

 

しかし、皮肉なことにこの作品は敵対していた美術アカデミーでも評価されちゃいました

そしてこの作品がきっかけとなってミレイはなんと敵側の王立美術アカデミーの準会員に入会しちゃいます

ラファエル前派の実力部隊トップが敵側に行っちゃって他メンバーは総崩れ

結果的にラファエル前派は解散

 

ラファエル前派の代表でありラファエル前派を解散に追い込んだ皮肉な作品なのです

 

ちなみにスポークスマン ロセッティはのちにバーン=ジョーンズやウィリアム・モリスと一緒に活動しラファエル前派第二期とも言われます

それはまた今度

 

あらためて本作を見てみてください

本当に見事な作品です

植物の緑の美しさ綺麗でいわくつきの花々

オフィーリアのどこにも焦点があってなさそうな虚な視線

川に浮かぶ衣服の感じ

オフィーリアの口ずさむ歌と川の音が聞こえてきそうな静けさ

夏目漱石が魅了されるのも頷ける惚れ惚れするような作品です!

ラファエル前派ってなに?

ジョン・エヴァレット・ミレイ作『オフィーリア』

 

From wikimedia commons

前回、本作がシェークスピアを題材にした作品で日本でとても人気であることについて書きました

 

この作品のずば抜けたすごさとは?

 

ジョン・エヴァレット・ミレイは「ラファエル前派」の画家です

ところでラファエル前派って何でしょう?

 

ネットで調べるとたくさん出てきますが内容が小難しくてよくわからない!

というのが私の最初の感想でした

そのためなるべく簡単にわかりやすく書いてみます

 

「ラファエル前派」はミレイと

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ

ウィリアム・ホルマン・ハント

ウィリアム・マイケル・ロセッティ

ウールナー、スティーヴァンス、コリンソン

の7人で結成した美術サークルです

大学のサークルみたいな感じです

 

当時のイギリス美術アカデミーの教育はギリシャローマ神話や聖書の題材をもとに人物や自然を理想化して美しく描く

女神を美女でナイスバディで男神はイケメンで

背景も理想化したユートピアのようなという風で描きなさいと教えられました

 

それを否定したしたのが美術評論家ジョン・ラスキンというとっても偉い人

From wikimedia commons   ミレイが描いたジョン・ラスキン

「理想化したものじゃなくてもっとありのままの自然を描いていこうよ」

この考えに非常に共感したのがラファエル前派メンバー

当時のアカデミーの理想的お手本画家はルネサンス時代のラファエルでした

ラファエル以降の絵はどんどんダメになってきたんだ

だからラファエルより前の時代の芸術に戻ろうというのがラファエル前派の主張です

 

ルネサンス前はゴシック

ゴシックの特徴は美術と工芸・建築は一体であり

人の暮らしに役立つようなアート(今でいうオシャレ建築やオシャレ雑貨のようなアートとの一体化をめざすもの)

この当時「ゴシック・リヴァイヴァル」が起きていました

From wikimedia commons ゴシック建築の一つ ドイツ ケルン大聖堂 尖った形の建物が特徴

「昔の流行がまた繰り返し流行る」はどこでもありますね

 

ミレイやロセッティたちは美術アカデミーの敵対派閥として立ち上げた美術サークルなのです

ラスキンも非常に支援していました

 

ロセッティがこのサークルの理念を伝えるスポークスマンであるのに対して

ミレイは実力部隊のトップ

ひとりだけずば抜けて画力がありました(他の人がちょっとイマイチだった。。。)

超上手いです

 

最近、筆者が上野の国立西洋美術館がミレイの別の作品を購入して初お披露目の時に観に行きましたがほんと笑っちゃうくらい上手かったです

超リアルで本当にそこに人がいるかのよう

衣服や家具の質感などすべて描き分けられていてどうしたらこんなの描けるんだ!?と惚れ惚れしてみてました



長くなってしまったので本日はここまで

次回は本作がどれだけすごいのかを細かく見ていこうと思います!